大磯の仲間達

Powred by Locopoint Network

オークションのエンジンは、ロコポイントネットワーク提供!
毎月第1日曜日AM8:00〜9:00ビーチクリーンを行っています!

↓スポンサーも訪れてください m(_ _)m
Click here to visit our sponsor
大磯の仲間達の会!

2001年4月16日、東京有楽町の成城クラブで「大磯の仲間たち」の会が開かれました。

この会は、昭和初期、大磯に別荘を持ち夏の間だけ大磯海岸に波乗り(板子乗り)をするためにやって来た方たちが「大磯波乗り倶楽部」というクラ ブをつくり波乗りを楽しんでいました。

その方たちが今も尚年に2回こうして東京のどこかに集まり、昭和初期の良き時代、彼らの青春時代の思いで話しをしに集まっています。戦後から毎年ですからもう 何年になるのでしょう?

そこへ現在の「大磯サーフィンクラブ」の代表、私達が招待され大磯の大先輩の話 を聞いてきたのです。

行って来たのは、大磯の初代サーファー・坂田道氏、長島徹 氏、現大磯サーフィンクラブを代表し田原靖夫、佐野悟です。

はじめにこの会「大磯波乗り倶楽部」の会長である木村徳兵衛さん(88歳)から ご挨拶があり、それぞれに自己紹介をしました。みなさん80〜90歳代です。が、 大変お元気で、しかも60年も70年も前のことを昨日の事のように話されます。

遊泳禁止という言葉などなくあってもそれを待ち焦がれていたこと。

大島の隣に雲が立ちしけになると待ってましたとばかりに海へとびだしていったこ と。 

大きな波を前にし恐れと自然に対する尊敬の念を抱いたこと。

自分の手におえない波を眺めていると、その波に挑む勇者がいて、その人のことはみなが知っていて尊敬していたこと。 

波に巻かれて上だか下だかわかんなくなってやっと水面に上がってから目の前に次の波がきていてそのときの恐怖。

風向きも含めた波のよしあし。

そして何より も波に乗ることの爽快感、開放感をまるで昨日のことのように生き生きと本当に楽しそうに皆さんでお話くださいました。

お話の詳しい内容は波乗りクラブの一員である永峰すみさん(82歳!)が、『大磯の仲間たち〜これが波乗りだ〜昭和初期の平和 なとき』という冊子にまとめてらっしゃいます。

サーファーなら必読の一冊に仕上 がっています。永峰さんの息子さん(現役ウインドサーファー)はこの本を映画に したいとおっしゃってました。   

私達現大磯サーフィンクラブ側も現在の大磯海水浴場の様子、テトラポッドで埋め たてられてしまった照るが崎、そしてビーチクリーン活動の報告を田原がしました。  

坂田氏は、大磯で「板子乗り」をした思い出話、自分で作った日本で最初のサーフ ボードの話し、 日本サーフィン連盟を作り、サーフィンを競技としてスポーツとし て全国に広めていった話し等をしました。  

長嶋氏は幼い頃から大磯で水泳をし、照るが崎から沖の灯台を回り北浜までを遠泳 した話しをしました。  

佐野氏は自分の祖母から聞いた大磯の昔の話を今と比較し話しました。そして、最 近の河川の汚れを感じ、自ら川水を採取し汚染濃度を測定している話しをしました。  

などなど、昔とは大分違ってしまった大磯の話にもとても興味深く聞き入っていま した。特に印象的だったのは、「ボードの上に立ったときってどんな感じですか?」 という質問でした。そうです彼らは「板子」ですから板の上に立つという行為は未知 の世界なのです。

その90歳代の男性曰く、「今私がサーフィンができるなら、カメ ラを片手に波に乗る!」と。「そしてそれを波乗りを知らない人に見せる。」この発言から、この人はほんとうの「波乗り人間」なのだなと思いました。サーファーという のは「こんなに気持ちいいことをしているんだ。」というのを人に言いたい、知らせたい人種なのです。それが90歳代の「おじいちゃん」とも分かり合えることがすば らしいことなのです。  

こうして2時間という短すぎる時間を彼ら「波乗り先駆者」と共有することができ とてもうれしかったです。また次回の約束をし、この会を終わりました。

 


Copyright (C) 2000 LocoPoint Network Corporation. All Rights Reserved.